気仙沼への思い

阪神淡路大震災から20年を振り返ってみると自分の記憶が抜け落ちている。この記憶のブランクはあまりにも辛かったり、大変だったりしたためにそれを思い出さないようにする脳の防御体制だろうと踏んでいる。気にしないようにしていたが、前にテレビで茂木先生と林先生とキムタクが言っていたのでほんとにそうだと思う。

震災のとき、私の家の隣で亡くなった神戸大学生2名の親御さんにも最近お会いした。親御さんの痛みや苦しみ、残されたものたちの絶望は癒えることなく、家族の方たちの絶望に私は思い及ばなかった。 私は自分の悲しみ、傷ついたことにばかりにとらわれるあまり、家族の方たちが絶望を抱え込んで生き続けるために、必然的に亡くなった子供たちが生み出す人生の意味について思い至らなかった


震災からこのかた懸命に生きてきたつもりだった。亡くなったたくさんの知り合いの記憶に囲まれてくじけそうになる自分を律して私は生きてきた。思いを残した彼らのためにも、生きなければと。

そしてわかったこともある。ひとりじゃなくてたくさんの他の人とのつながりで生きている。
神戸の人は謙虚で他人に関心を持ち、優しくなったと思う。かっこしいで良い意味で他人に干渉しすぎない土地がらだったけれど、たくさんの人の援助をいただいて、命があったことを感謝し、家族や他人を思いやりともに助け合うことを学んだからだと思う。
私を含めやっとまわりの神戸の人たちも生きることへの問いかけや 生きることへの意味づけに気がついてきた。
私も自ら生きる意味を気仙沼のご縁のあった人たちに寄り添い、役に立つことで、人たちとのつながりの中で感じていきたい!
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by ycsb | 2015-09-02 09:59 | 気仙沼(ボランティア)